Ads by Google

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • Comments (Close): -
  • TrackBack (Close): -

私が「ヨガ」を初めた理由。

幼い頃から体の弱かった私は、何とか健康になりたいとずっと思っていた。


それは、高校三年の夏休みのことであった。

ある古本屋に入って、何か面白い本はないかと見ていたら、『ヨガの楽園』という題名のカッパブックスの本が目に入った。

それは、戦後、日本にヨガを広めることに一番貢献した沖正弘氏の書いた本であった。

その本の一番最後に、簡単なヨガの体操が単純な絵とともに説明してあった。

その中に、著者の言葉では「ダヌラ・アサン」という、俗に言う「弓のポーズ」のやり方が書いてあった。


そして、初めてそれを行った時に、腎臓に強い刺激が加わったとみえて、数十秒おきに何回も大量の尿が出た。

その一事で、 これはすごい! と私は思った。

実は、これと同じ体験を一年前の高校二年の時に、体験したことがある。

その時は、指圧であったのだが、ある時、「腎経」の中の「復溜」という経穴、いわゆるツボを幾日か実験的に指圧していた。

その時も、大量の尿が出た。


その次に、沖正弘氏の言うところの「マユラ・アサン」、俗に言う「孔雀のポーズ」を行ってみた。

これは、初心者にはけっこう難しいアーサナであるが、私は一度で出来た。

この体操は、肝臓・胃・膵臓の辺りを、直接、肘で刺激するためか、顔の肌の色つやが良くなるのを確認できた。

このような経緯でヨーガにはまってしまった。

方向指示器を出すのが遅い理由

この間、免許証の更新に行って、若干の講習を受けた。
その時に、担当者が全員に

「何m手前で方向指示器を出すのか?」

と聞いたのだが、

「30m」

と答えたのは私を含めてわずか3名!

ほとんどの人が、「10m」とか適当なことを言っていた。

もっとも驚いたのは、私のすぐ前にいた30代の女性であったが、その人はなんと驚くべきことに

「3m手前」

と答えたのであった。


以前から、"なぜ方向指示器を出すのを遅い人が多いのか"と思っていたが、一つの理由が分かったような気がした。

要するに、道路交通法を知らないのである。

一体、教習所で何を勉強していたのだろうか。

その時は覚えていてもすぐ忘れてしまったのか。
あるいは、最初から覚えていなかったのかは定かではないが、とても"危ない運転"である。


伊勢崎警察署の管轄地域の交通事故・死亡事故は、県内でもトップレベルである。
それを押し上げているのが、玉村町なのである。


その担当者の話によると

「北関東道のインターチェンジが出来たから、地元に大量の車が流れ込んでいる。それが交通事故が多くなった原因の一つだろう。」

と言っていた。

しかし、玉村町を走る車の一部は、方向指示器を交差点の直前、もしくは、曲がる寸前、酷い運転手は全く出さないという光景を多く目にしてきた。

私は、地元民の道路交通法を無視した無謀運転が、事故要因に関わっていると考えている。


東京の親戚は、私の家まで来ても

「群馬は怖いから自分の車で運転したくない。」

と言って、いつも私の車で出かけている。

高崎市の中居を走っている時、センターラインが引いてない広めの通りがあったのだが、なんと前方から来る車が右側を走ってきた。

まさに正面衝突寸前である。
その車は直前で避けて行ったので事なきを得たが、同乗していた親戚の人は非常に憤慨していた。

「群馬の教習所は、何を教えているんだ!」

と物凄く怒っていたのを覚えている。


教習所の教え方が悪いのか、運転手自身に問題があるのかよく分からない。

ただ、群馬という所は、いくら自分が気をつけていてもどうにもならない交通状況に出くわすことが非常に多いのである。

玉村町と群馬県の悪口を言っているようであるが、私の本音は玉村町および群馬県が好きである。
故に、交通事故の少ない住み良い県になってもらいたいと願っている。


神の化身「ラーマナ・マハリシ」

ラーマナ・マハーリシ(一般的にはマハリシ)は、1879年に南インドの町「マドゥーラ」から、30マイル離れた村に生まれた。

家系は、バラモンの良い血筋であった。

名前は、ヴェーンカタラーマンで後に、ラーマナと呼ばれるようになった。
マハーリシとは、マハー(=大)、リシ(=聖者)、偉大な聖者という意味である。

父親は法律関係の仕事をしていた。とても、情け深い人で、貧しい人々に衣食を与えていたが、ラーマナが12歳の時に死んでしまったので、父方の叔父の家に引き取られた。

そして、叔父の家からミッションスクールに通うことになる。
そこで、学校を運営していたアメリカ人の宣教師達から、英語の初歩を習い覚えた。

ラーマナが17歳のある日、それは永遠に叔父の家を去る6週間前のことであった。

ラーマナは2階の部屋で一人で座っていた。
その時、突然、説明できない不可解な死の恐怖がラーマナを捉えた。
ラーマナは、外見上はまったくの健康であったのだが、自分は今死ぬところだということに、激しく気がついた。

それは、心理的な現象であった。
何故なら、自分が死ぬべき明白な理由は、何も無かったからである。

ラーマナは、床の上にうつ伏せになって、体を伸ばし、目と口を閉じ、硬直した死体のように手足を固定した。
そして、最後に息を殺し、自分に言った。

この肉体は死んでいる。
そしてそれは、硬直して焼き場に運ばれるだろう。
次に灰にかわる。

しかし、肉体の死とともに、私は死ぬのか?
肉体は私か?
この肉体は今、沈黙して硬直している。
しかし、私はその状態とは別に、私の自己の完全な力を感じ続けている。

そして、ラーマナは、深い意識のトランスに没入した。
まさに、ラーマナは、自我の源に没入し、融合したのである。
肉体は、別個のものであり、私は死によって影響を受けることは無く、残るということを明確に理解した。

真の自己は、非常にリアルなものであり、人間の本質の中に非常に深く沈んでいる。
そして、今までそれに無知であった。

その体験の後、学校の教科書とノートを放り出して瞑想をしていたラーマナを見て、兄が激しく非難した。
その事が、直接の原因になり、家出をすることになる。

その後、聖地ティルヴァンナマライに行き、アルナチャラ寺院で衣服を脱ぎ捨て丸裸のまま深いトランス状態に没入していた。
やがて、寺院の僧侶達がその姿では困るということで、ラーマナと交渉してようやくふんどし一つ身につけるということで、折り合いがついた。

次に、マンゴーの果樹園に移り、また洞窟を転々とし沈黙を続けていた。

やがて、数年後に少しは話すようになったが、相変わらず無口であった。
この頃、一人の忠実な弟子が出来て、弟子のために多くの古典を読んであげた。
そして、マハーリシは自分が直感的に体験して把握したものが、すでに昔の賢人たちによって分析されて書かれているということを知った。

ラーマナは、いかなる師にもつかずヨーガのいかなる方法も、学んだことはない。
誰にも教わらないで、たった一度の突然の死の恐怖、そして仮死状態によって一度で究極のサマーディを体験してしまった。

インド宗教史上でも非常に稀な現象である。

驚くべき話は、毎晩、大きな虎が洞窟にやって来て、ラーマナの手を舐めた。
虎はお返しにラーマナに愛撫された。
また、ある時は大きなコブラがシューシューと音を立てながら、岩をつたってやってきて、マハーリシの前に止まった。
コブラは頭を持ち上げ首を広げた。
しかし、マハーリシは動こうとしなかった。マハーリシとコブラは、数分間お互いに向かい合い見つめ合った。
最後にコブラは、マハーリシに害を加えないで引き下がった。

そしてまたある時は、 弟子に本を読んでくれと頼んだ。
その内に、イビキが聞こえてきたので、弟子は本を読むのを止めた。
するとすぐに、マハーリシは、何故止めるのか?と言った。
そこで弟子はまた本を読み始めると、またイビキが聞こえたきたので、読むのを止めた。
するとまた、マハーリシは、何故止めるのか?と弟子に言った。
つまり、マハーリシの睡眠は、一般の人達の睡眠とはかなりかけ離れて異なっているもののようだ。

またある時は、一人の弟子が 自分の修行に進歩がないのを嘆き悲しんで、こんなことなら自分は地獄に落ちるに違いない、と言っているのを聞いてマハーリシは言った。
あなたが地獄に落ちるようならバガヴァンは、自分も降りていってあなたを引き戻してあげるよ、と言った。
マハーリシの弟子の救い方は、ダルシャンと言っていわゆる凝視であるが、燃え輝くような目を弟子のほうへ向けると、弟子は自分の雑念が破壊されて、この聖者に救われるという感覚を持ったという。
そして、自分の過去・現在・未来を全て見通されたという感じを受けたという。

ある日遠くから、大変な問題を抱えた信者がやってきて一時間以上も自分の身の上をマハーリシに喋り続け、それに対して例の如く、マハーリシは一言も発しない。
ただ、黙ってじーっと信者を見つめているだけである。
それだけで、聖者の心の波動がテレパシー的に男の心に注入され、帰る時には、男は強い心を持って帰っていく。

やがて、長男と身内に死別されたマハーリシの母親がやって来て、マハーリシに一緒に住まわせてくれと頼んだ。
マハーリシは、それを受け入れた。
そして、母親は生涯の最後の6年間を息子マハーリシと共に暮らした。


玉村町の水辺の森公園

先日、はじめて水辺の森公園なる所へ行ってきた。
石ころだらけの駐車場のすぐ東には、キャンプ場らしきものがあるのを知っていた。
新しくできた西の公園は、行ったことがなかったので、橋の下を通って行ってみた。

すると、目の前にちょっとした川が流れていて、かなり広い林と歩道が造られているのが見えてきた。
どのくらいの奥行きがあるのかと思い、川に沿ってずっと歩いてみた。
それ程、疲れるほどの距離ではなかったし、かといって、そんなに短い距離でもないし、手頃な距離だと思う。

丁度、天気の良い日であったので、とても清々しい感じがした。

すぐ橋の上をあれだけ車が通っているから空気があまり良くないのではないかと思っていたが、橋の下をくぐって西側に出ただけで、空気がうまいのを感じた。

川の南側は、昔から生えていた太い大きな木が一杯生えていて、その中を歩くとけっこう森林浴効果を感じた。

しかし、あんなに大きな木があんなに一杯生えていたとは今まで知らなかった。

ず〜っと奥まで行くと、大きい松の木が生えていて更に突き当たったところは、杉の木の林のような所であった。

はっきり言って、何にもない。
あずまやがあると言っても、あずまやと呼べるような代物とは思えないような気もするが、何もない所が良いのかも知れない。

普通の公園のようにやたら手を加えて、色々な遊具を造ったりしないで、そのままの自然を残してほんの少しだけ歩きやすくしたところが良いのかも知れない。

重ねて言うが、何もない。
何かを求めて行くとがっかりするだろう。

まさに、自然公園である。

玉村町乗り合いタクシー「たまりん」

"たまりん"は安全運転を守っているのだろうか。

数年前、両水の東の広い道を走っていたら、北から走ってきた"たまりん"が両水に右折して入る時に、南から走ってきた直進車の寸前をすごい勢いで走って曲がって行った。

また、先日のことだが、玉村大橋を渡り伊勢崎市に向かう信号機で、黄色になっているのにも関わらず、勢いよく加速し曲がっていった。

曲がる時は、すでに赤信号であった。

このような運転は、中に乗客がいようがいまいが、時間に間に合わない状況であろうが、決して好ましいことではない。

もちろん、運転手の全員が、このような運転をしているとは思わない。

以前、玉村町の広報に小学生の投稿があり、"たまりん"の運転手に親切してもらったという話が載っていた。

しかし、実際に"たまりん"を見かける時は、けっこう荒っぽい運転をしている運転手がいる。

乗客の多くは、お年寄りと子供だと思われるので、危険な運転や荒っぽい運転は慎んでもらいたい。

Home

人気ブログランキング
blogbanner
応援よろしくお願いします♪
最近の記事
ブログパーツ
フィードメーター - 「群馬県佐波郡玉村町」の生活エリア情報ブログ。

track feed



スカウター : 「群馬県佐波郡玉村町」の生活エリア情報ブログ。







あわせて読みたい

Page Top